和 歌 山 県

史跡・建築物

高野山 熊野速玉大社 和歌山城
紀州東照宮 - -

高野山(こうやさん)
内容=★★★☆☆ お得度=★★★★★

高野山・奥の院の紅葉
今から約1200年前の延暦23年(804年)に真言宗の開祖弘法大師が唐に渡り、唐の国師である青龍寺恵果阿闍梨から真言密教を授かった。2年後、帰国の際に三銛を空中に投げ「私が希う伽藍建立の妙地を示し給え」心に念じたところ、高野山の松の梢でまばゆい光を放っていた。それを見た弘法大師は、この地が真言密教の修禅にふさわしい地であるとして、この山を開くことを決意したと言われている。
このような逸話から弘仁7年(816年)に弘法大師によって開創された真言密教の一大道場であり、高野山真言宗の総本山である。山の上に壇上伽藍と言う聖地があり、多くのお堂や塔が立ち並んでいる。また、奥の院に通じる参道の途中には豊臣秀吉などの大名や太平洋戦争の供養塔、企業の供養塔などが立ち並んでいる。
金剛峰寺は大正21年(1593年)豊臣秀吉が亡母の菩提供養のため建立した青巌寺の寺号を1867年に金剛峰寺と改めたものである。現在の建物は1863年に再建されたもので、国指定重要文化財に指定されている。四国八十八カ所の霊場を巡ったお遍路さんの最後の納経場所としても有名で、白衣を着たお遍路さんの姿を多く見かける。

建物自体は火災により焼失し、ほとんどが再建のものである。奥の院にある御廟には弘法大師が祀られているが、中を見れないのが残念である。まあ、しょうがないが・・・。この途中に有名な大名や企業の供養塔があり、それを見て回るのもおもしろい。
お遍路を行った人は最期にここで納経し、八十八カ所巡りを完了すると言うことで、かくいう自分もここで最後の納経を行った。ということからも分かるように白衣をまとったお遍路さんの姿が覆いが、それ以上に観光客も多い。シーズンになれば団体ツアーの集団がそこかしこにいて、ガイドさんの説明を聞いているので、それにこっそり随行して聞いていけば内容は理解できる。

訪問時のツーレポ
 ● 2000年11月 まったり〜な 川湯キャンプ
 ● 2003年10月 らいらっく 龍神温泉ツーリング
熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)
内容=★★☆☆☆ お得度=★★★★★

境内の様子
熊野三山のひとつとして全国に祀る数千社の熊野神社の総本宮。今から約二千年ほど前の景行天皇五十八年の御世に、熊野三所権現が最初に降臨した元宮の神倉山から現在の鎮座地にお遷りになり、これより神倉神社の『旧宮』に対して『新宮』と称したとかかれている。御祭神は、熊野速玉大神(くまのはやたまおおかみ・いざなぎのみこと)で熊野夫須美大神(いざなみのみこと)を主神に、十二柱の神々を祀り上げ新宮十二社大権現として全国から崇敬を集めている。特に、孝謙天皇の時代、日本第一大霊験所の勅額を受け、熊野三山の中でも逸早く『熊野権現』の称号をもらった所である。奈良朝末期頃から山伏や熊野比丘尼によって熊野権現信仰は飛躍的な拡がりを見せ、全国に数千に及ぶ御分社が祀られるにいたった。
昔から皇室関係者の訪問が多く、境内にその回数をかかれた石碑が建っている。天皇とかなりつながりの深い神社のようだ。

神社自体の歴史は古く、熊野神社の総本山として名前は有名だが、観光としてはそれほど見るべき物がない。まあ、信仰の対象の場所だから参拝することに意味があるんだろうが・・・。

訪問時のツーレポ
 ● 2002年09月 南紀ツーリング
和歌山城(わかやまじょう)
内容=★★☆☆☆ お得度=★★☆☆☆

和歌山城天守
天守最上階からの展望
豊臣秀吉が弟の秀長に築城させた事に始まり、江戸時代には徳川御三家の居城として使用されたお城。戦災により天守は焼失し、現在のものは1958年に再建されたものである。

和歌山城は戦国時代末期の天正13年(1585年)に紀州を平定した豊臣秀吉が、弟の秀長に築城させたことに始まる。関ヶ原の合戦の後、浅野幸長(あさのよしなが)が入城、その後、元和5年(1619年)に徳川家康の第10子・頼宣(よりのぶ)が55万5千石の大名として入城し、ここに徳川御三家の一つ紀州藩が始まった。
本丸御殿は浅野家時代には二の丸と呼ばれ、藩主の日常生活が営まれたが、徳川家移項はその機能を失い、空御殿となった。天守閣は大天守・小天守・御台所・乾櫓・二の御門櫓・楠門を多聞で連結し、楠門を閉じると要害化する連立式天守の形態となっている。江戸初期の天守は弘化3年(1846年)の落雷により焼失。幕府は通常城郭再建を許可していなかったが、徳川御三家の居城という事で特別に許可され、4年後の嘉永3年(1850年)に再建された。しかし昭和20年(1945年)に戦火により焼失し、昭和33年(1958年)に鉄筋コンクリートの天守が復元された。
開館時間=9:00〜17:00(冬期9:00〜16:30)、天守入館料=350円。

山の上に造られているお城なので天守まではかなり階段を上らないといけない。他の天守と同じく鉄筋コンクリートによる復元なので中はただの展示館となっている。展示物も数が少なく、天守内はかなりがらんとしている印象。もう少し展示物を充実させて欲しいものだ。戦災で残ったのは岡口門や追廻門くらいなので全体的にあまり見応えはない。
駐車場は観光バス用と普通車用しかないのでバイクは止めるところがないのがちょっとむかつくが、強引に入っているのか城内にバイクを見かけた。どこからはいるのかよく分からない。

訪問時のツーレポ
 ● 2005年02月 関西ツーリング
紀州東照宮(きしゅうとうしょうぐう)
内容=★★★★☆ お得度=★★★★★

仁王門と本堂
紀州初代藩主徳川頼宣(よりのぶ)が父家康を祀るために1621年(元和7年)に創建した権現造りの神社。建物は参道の108段の階段の上に建てられている。
本殿には日光東照宮と同じ左甚五郎の緋鯉真鯉の彫刻や狩野探幽や土佐派の襖絵などが施されている。また創建当時のまま残っている朱塗りの楼門など主要7棟が国の重要文化財に指定されている。
本殿拝観=9:00〜17:00、拝観料=500円。

関西の日光と言われているとおり、日光東照宮を小さくした感じ。本殿は500円とそこそこ値段はするが、なかなか見応えはあると思う。説明でもあるが、色々と歴史を知っているとより分かりやすくていいかもしれない。自分が行ったときは一人だけだったので色々と質問も出来て良かった。

訪問時のツーレポ
 ● 2007年10月 四国・南紀ツーリング