富 山 県

史跡・建築物

放生津八幡宮 武田家住宅 瑞龍寺
前田利長墓所 五箇山相倉合掌造り集落 五箇山菅沼合掌造り集落
前田利長墓所 五箇山相倉合掌造り集落 五箇山菅沼合掌造り集落

放生津八幡宮(ほうじょうづはちまんぐう)
内容=★★☆☆☆ お得度=★★★★★

境内の様子
阿の狛犬
大伴家持が746年(天平18年)に豊前国の宇佐八幡宮から勧請したとされる神社で、地元市民に親しまれてきた新湊の守り神。
越中の国府として赴任した大伴家持が豊前国宇佐八幡神を招いて奈呉八幡宮と称したのが始まりとされる。その後、北条時政により再興された。正和年間(1312年〜)に社殿が造営されたが、永禄年間(1558年〜)に上杉謙信の兵火にかかり焼失。その後も何度か焼失と再建を繰り返し、現在の社殿は、文久3年(1863年)に再建されたものである。
拝殿の大狛犬は同市出身の矢野啓通の作品で、弘化3年(1846年)に寄進された。ケヤキ寄せ木造りの作品で「阿」が150cm、「吽」が160cmの大きさ。

いかにも地元の神社という感じで、なかなか味があっていい。社殿の軒下には木造寄せ木造りの阿吽の狛犬が並んでいる。さすがに寄せ木の継ぎ目も隙間ができてしまっているが、これはこれでなかなかいい感じになっている。

訪問時のツーレポ
 ● 2005年06月 房総半島を暴走!!
武田家住宅(たけだけじゅうたく)
内容=★★☆☆☆ お得度=★★★★☆

境内の様子
阿の狛犬
江戸時代後期に建てられた武田信玄の弟の子孫といわれる名家の建物で重要文化財に指定されている。多くの古文書や地図が残されており、明治以降には山岡鉄舟や横山大観などの多くの著名人がこの家に滞在し作品を残した。
武田家は武田信玄の弟・逍遙軒信綱の子孫といわれ、代々大田村の肝煎(庄屋)をつとめた豪農。この住宅は安永年間から寛政年間(1772〜1800年)にかけて伏木勝興寺(しょうこうじ)本堂が再建されたときの余材で建てられたと言われる。間口、奥行きともに21m、建築面積443m2におよぶ大規模なもので、当時の農家建築様式の典型である。正面から見ると茅葺きの寄せ棟造りだが、背面は柿葺き切り妻造りの越屋根としていて、その下部に茅葺き屋根をまわし、さらに北側を除く3面に桟瓦葺きの下屋が付いているという特徴的な形となっている。
拝観時間=9:00〜16:30、休館日=火曜日、拝観時間=210円。

さすがに大きな建物でなかなか見応えがあるんだが、同じような建物を連続で見ていたときなので感動はかなり薄かった。値段も安いので近くに行くのであれば寄ってみてもいいかもしれない。屋根の造りがかなり変わっているので、正面から見るときと後ろから見るときでは建物の印象が違っている。建物の中には著名人の作品が展示されているがさすがに複製品になっている。

訪問時のツーレポ
 ● 2006年05月 隠岐・能登半島ツーリング
瑞巌寺(ずいがんじ)
内容=★★★★☆ お得度=★★★★★

山門
中庭の仏殿
中庭の仏殿 加賀藩2代藩主・前田利長の菩提寺として3代藩主・利常により建立された曹洞宗の寺。総門、山門、仏殿、法堂を一線上に配する典型的な禅宗の伽藍配置。昭和60年からの大改修により、創建当時の姿に復元され、山門、仏殿、法堂は国宝に指定されている。(富山県で唯一の国宝)
加賀藩2代藩主・前田利長は慶長10年(1605年)にその地位を異母弟の利常に譲り、高岡の地に隠居した。利長の死後、加賀百万石を譲られたことに利常は深くその恩を感じ、天保年間から利長五十回忌の寛文3年(1663年)まで20年の歳月をかけて利長の菩提寺としてこの瑞龍寺を造営した。時の名匠・山上善右衛門嘉広により総門、山門、仏殿、法堂、禅堂などの七堂伽藍を完備し、広山恕陽(こうざんじょよう)禅師により開山された。
造営当時の寺領は300石を有し、周囲に壕をめぐらし、城郭の姿を想わせるものだった。延享3年(1746年)の大火で建物の半分を焼失し、山門は文政3年(1820年)に再建された。その後、明治維新の廃藩置県や廃仏毀釈などの影響で荒廃してしまったが、昭和60年(1985年)から平成8年(1996年)の「昭和・平成の大修理」により、当時の禅宗伽藍が復元された。
拝観時間=9:00〜16:30、年中無休、拝観料=500円。

さすがに加賀百万石の藩主自らが造営した寺と言うだけあり、かなり規模がでかくて見応えがある。手前の七間浄頭や浴室は残っていないが、それでも十分な規模だ。この辺りに来たのならやはり見ておかなければならないところだろう。
境内は綺麗に整備されているので写真的にもなかなかいい感じ。ただし有名なところなのでシーズンに行くと人であふれかえっているかもしれない。朝一で行くなどして人がいない時間をねらった方が雰囲気あっていいと思われる。

訪問時のツーレポ
 ● 2006年05月 隠岐・能登半島ツーリング
 ● 2010年05月 まったり〜な 平湯&北陸ツーリング
前田利長墓所(まえだとしながぼしょ)
内容=★☆☆☆☆ お得度=★★★★★

参道入口
巨大な石の墓碑
巨大な石の墓碑 加賀百万石初代藩主前田利家の嫡男・利長の墓所。瑞龍寺の山門から墓所まで870mの八丁道でつながれており、参道には石の灯籠が立ち並び、11.8mの石塔が建てられている。
前田利長は前田利家の嫡男として各地を歴戦し、織田、豊臣、徳川の3家に仕えた名将。初代利家亡き後、前田家を安定へと導き、関ヶ原の合戦後の慶長10年(1605年)にその地位を異母弟の利常に譲り、高岡の地に隠居した。死後、異母弟で3代藩主でもある利常により造営された。

瑞龍寺からは間違えようがないくらいの一本道でつながれているところで、寺と併せて寄ってみるのもいい。確かに大きな石塔や灯籠などすごいとは思うが、歴史的価値の方が大きいのでいったん的な観光地としてはちょっと・・・。

訪問時のツーレポ
 ● 2006年05月 隠岐・能登半島ツーリング
 ● 2010年05月 まったり〜な 平湯&北陸ツーリング
五箇山相倉合掌造り集落(ごかやまあいのくらがっしょうづくりしゅうらく)
内容=★★★★★ お得度=★★★★★

集落を見下ろす
合掌造りの内部
合掌造りの内部 茅葺き屋根の独特の景観を持つ合掌造り集落で知られる集落の一つで国の指定史跡に登録されている。平成7年(1995年)に白川郷・五箇山の合掌造り集落として、白川郷萩町、五箇山の菅沼集落とともにユネスコの世界遺産に登録された。
現在の合掌造りの建物は江戸中期(18世紀後半)より始まったと言われ、養蚕に適した形として改良されて現在の形になったと言われている。合掌造りは屋根裏に何層もの空間を確保することができ、養蚕棚を設置するのに適していた。茅葺き屋根は30〜40年に一度葺き替えられるが、結(ゆい)と呼ばれる地域住民の働力提供による共同作業で行われる。
相倉集落はその中でも最大規模の約20棟の合掌造りのある集落。100〜200年前のものが多いが、もっとも古いものは400年前に建造されたと言われている。このうちの2棟は民俗資料館として一号館は建物や民具の資料館、二号館はこの地域の文化についての資料館で楽器などが展示されている。(入場料共通で200円)
早朝及び夕暮れ以降の見学は原則禁止、地元者および宿泊客以外の車の乗り入れ禁止。

3つの集落の中では一番建物の数が多いところだが、白川郷萩町ほど観光地化されていないのがいい感じ。これは町の中には車の乗り入れが禁止されていることがあるが、観光向けのお店とかも少ないのもその要因かもしれない。駐車場から5分のところに相倉集落全景撮影スポットというところがあるが、案内の通りではなく畑のあぜ道を歩いて向かう途中もいい眺め。
現在も普通に生活しているので生活範囲に入ったりしないなどの最低限のマナーを守る必要がある。民宿も多いのでできれば泊まってのんびりと散策するのがお奨め。建物のライトアップは特別なときのみだが、建物の2.3階のライトは毎日自動で点灯するようになっている。

訪問時のツーレポ
 ● 2008年05月 まったり〜な 平湯キャンプ 2008
 ● 2010年05月 まったり〜な 平湯&北陸ツーリング
五箇山菅沼合掌造り集落(ごかやますがぬまがっしょうづくりしゅうらく)
内容=★★★★☆ お得度=★★★★★

大きな合掌造りの建物
茅葺き屋根の独特の景観を持つ合掌造り集落で知られる集落の一つで国の指定史跡に登録されている。平成7年(1995年)に白川郷・五箇山の合掌造り集落として、白川郷萩町、五箇山の相倉集落とともにユネスコの世界遺産に登録された。
現在の合掌造りの建物は江戸中期(18世紀後半)より始まったと言われ、養蚕に適した形として改良されて現在の形になったと言われている。合掌造りは屋根裏に何層もの空間を確保することができ、養蚕棚を設置するのに適していた。茅葺き屋根は30〜40年に一度葺き替えられるが、結(ゆい)と呼ばれる地域住民の働力提供による共同作業で行われる。
菅沼集落には14棟の合掌造りが残っており、古いものは天保年間の180年前に建てられたもので、新しいものは昭和8年(1933年)に建てられたものである。このうちの2棟は資料館となっており、五箇山民俗館と硝煙の館として一般公開されている。(入場料共通で300円)
早朝及び夕暮れ以降の見学は原則禁止、地元者以外の車の乗り入れ禁止。

3つの集落の中では一番小さな感じだが、相倉と同じくあまり観光地化されていないのがいい感じ。全体的に建物が大きいような印象がする。これは町の中には車の乗り入れが禁止されていることが要因かもしれないが、観光向けのお店とかも少ないのもその要因かもしれない。村の入口から少し離れた国道沿いに集落を見下ろす展望台がある。
現在も普通に生活しているので生活範囲に入ったりしないなどの最低限のマナーを守る必要がある。民宿も多いのでできれば泊まってのんびりと散策するのがお奨めかもしれない。

訪問時のツーレポ
 ● 2008年05月 まったり〜な 平湯キャンプ 2008
高岡大仏(たかおかだいぶつ)
内容=★★☆☆☆ お得度=★★★★★

町中にある大仏
日本三大大仏において、奈良の大仏、鎌倉大仏に次いで挙げられる高さ15m85cm、重量65トンの大仏。鎌倉時代に建てられた木造の大仏が始まりとされ、何度も焼失と再建が繰り返された。現在は日本国内シェア90%を超える日本一の銅器の街にふさわしく、地元の銅器製造技術の粋を集め、1933年(昭和8年)に完成したもの。
拝観無料。

日本三大大仏とここでは書かれているが、3体目の大仏をどれにするかは意見がまとまっておらず、ここ高岡大仏と岐阜大仏が自称している以外にも多くの大仏候補がある状態。他の二つに比べてどれも見劣りしてしまうので三大大仏という言い方自体に問題があるように思われる。ここの大仏も歴史は古いとされているが、近くにある大仏を列挙しているだけなので同じ物とは言えないのではないかと思うのは自分だけか?(^_^;; 寺の近くに参拝用の駐車場もあるので近くに来たら話のネタに寄ってみる程度か?

訪問時のツーレポ
 ● 2010年05月 まったり〜な 平湯&北陸ツーリング