2000/06 八重山諸島へ

その9 最西端へ!!


06月24日(9日目)   移動距離 56km   波照間島→与那国島
 朝6時半に起きて、宿の周りを散歩。さすがに昨晩汗をかいて気持ち悪かったのでシャワーを浴びてさっぱりする。このとき衆議院の選挙があっていたが、通常の投票日は明日だが離島のため今日が投票日で、宿の前の公民館では有権者が投票に集まってた。7時半から朝食をとり、出発の時間までいつもの場所で他の泊まり客とビールを飲みながらくつろいでいた。
 9時40分の高速船で石垣島に戻るので、9時20分にフェリー乗り場へと向かう。ここでNさんにまたあった。彼女は今日のフェリーで石垣島に戻るつもりらしく、時間までニシの浜で泳ぐつもりらしい。埠頭には昨日のダイビングで一緒だった女性がいたので高速船の到着まで彼女と話をしていた。ちょうどこのとき、ダイビングに向かうボートが出航していった。SMさんに手を振ったが気づいていたんだろうか?
 やってきた高速船に乗り込んで出発を待つ。最初は起きていたが、出航してすぐに眠ってしまって着くまで熟睡していた。やはり昨晩あまり寝られなかったせいだろう。石垣島に到着して、まずは旅行代理店に与那国までの航空チケットを購入しに行く。さすがにまだ十分開いているようである。時間はまだ早かったが、観光するところもないのでタクシーに乗って空港へ行き、搭乗時間を待つ。
 空港はかなり人が一杯で座る場所もない。まだ宿を取っていなかったので「民宿はいどなん」に連絡を入れて宿を確保する。タラップから飛行機に乗り込むわけではなく、飛行機の所まで歩いていかなければならない。200人乗りくらいの小さなジャンボジェット機に乗り込んで出発時間を待つ。やっと飛行機が飛び立って一路与那国島を目指す。眼下に見える海の色はとてもきれいだった。予定よりも5分早く与那国空港に到着。歩いて到着口へと行くが、来ているはずの宿からの迎えがない。早く着いたため、まだ来ていないようだった。
 少し待っているとあわててやってくる女性が2名。どうやら「民宿はいどなん」のお迎えの人みたいだ。彼女らに案内されて車の所に行く。今日の泊まり客は全部で8名だったが、車は9名乗り。強引に10人乗って宿へと向かう。
 しばらく走ってクブラ漁港の近くにある「民宿はいどなん」に到着した。さっそく手続きをしてから部屋へとはいる。レンタカーは各人で連絡するようになっていたので、与那国交通レンタカーに連絡を入れる。バイクでもいいかなと思っていたが、なしずく的に車をレンタルすることになった。車種や時間などは何も聞かず、いきなりそっちに持っていくと言うことになった。(^^;;
 しばらく宿の前で待っているとレンタカーショップの人がプリメーラに乗ってやってきた。路上でそのまま契約を済ませて24時間レンタルすることにした。傷のチェックなども全くしない・・・。車はかなりきれいだったが、走行距離が130,000kmと言うのはびっくり。まあ、壊れることはないだろう・・・。
 レンタカーも借りたのでさっそく観光に向かう。まずは最西端の碑に行くため西崎へ。宿からすぐ近くと思っていたが、4km位離れたところだった。元々は歩いていこうと考えていたが、レンタルしてよかった・・・。(^_^) 港の横を抜けて岬を目指すが、現在道路を造っている最中らしく、「この道通れるんか?」というような道路を通っていくことになった。途中からはよく整備された道路になったが・・・。
 岬の先端へ続く道を登っていき、駐車場に車を止める。まだ観光客は誰もいない・・・。駐車場から少し歩いて最西端の碑に到着する。写真ではバックに海が見えていたが、沖縄サミットのため、碑の後ろには国旗がはためいていた。碑の所で写真を撮ってから、休憩所に行く。しばらくここからの海を眺めてから車の所に戻って出発。
 南牧場の横を抜けて進んでいくと、道路にはいっぱい放牧された牛の姿があった。ついでにいっぱいの糞がまき散らされていたが・・・。(^^;; 途中でまだ道路ができていないのか、土砂崩れかはわからないが、メインの道路が通れないようにあっていたので、迂回路を進む。途中から完全な一車線で離合もできない感じの道路が続いていたが、対向車がこなかったのが救いである。しばらく走ると大きな道路にでたが、ここで曲がる方向を間違えてしまい、気が付くと宿の方に戻っていた。仕方ないので、また先ほどと同じ道を進んで、今度は反対側に曲がって東へと進む。暑さもピークに達してきてしゃれにならない・・・。さすがにこの格好でうろつくのをあきらめて一度宿に戻ることにした。ショートパンツとTシャツに着替えてからまた同じ道を走っていく。
 海岸線付近の道をひたすら走っていくとサンニヌ台という岸壁に立神岩という立岩を見下ろす展望台があったので寄っていく。眺めはいいが、風が強い・・・。この立岩、神威岬に似ている。反対側には遠くに東崎の灯台が見えていい感じ。
 さらに走っていくと軍艦岩といわれる軍艦と言うより潜水艦のような形をした岩があった。遊歩道を歩いていると途中からは進めないように柵がはってあったが、その柵を越えて崖を降りていく。この付近の岩は層状の岩になっていて、階段のようになっているため降りやすい。軍艦岩の近くまで行って写真を撮ってから戻る。
 途中から馬の姿が多くなり、道路も糞だらけになる。東崎の灯台の駐車場に車を止めて展望台に歩いていく。展望台でしばらくくつろいでから灯台の方へ行く。ここから見えるのは海だけ・・・。
 与那国馬は独特の発展を遂げた在来馬で、昔は農耕、乗馬などに使われていたが、機械等の導入により使用目的がなくなった。このため一時期かなり減っていたが、保存活動により現在は一定の数を維持している。今いる馬は単に保存用に飼育されているだけである。
 今度は北の海岸線を通って西に向かうが、途中で道路が行き止まりになるし、迂回路はよくわからんしで困った。単なる脇道と思ったところが昔の道路だったし、こんなん分かるか!!四苦八苦しながらこの島の中心街、祖納の町中にはいる。お腹も減ってきたので何か食べようと思って店を探すが開いている店が見つからない。ちなみにこの町中に唯一信号があったが、常に青信号が点滅しており、反対側は赤と黄色しかない信号だった。どうやら小学生の教育用に取り付けた信号らしい。
 最西端の証明書をもらうために観光協会に行くが、外出中で開いていない。どうしようもないので、宿に戻ろうかと思って出発すると町はずれに開いている店を発見、入ってみることにした。
 「割烹どなん」という名前の高そうな感じの店だったが、他に店がないから仕方がない。中にはいると営業は3時までということだったが、何とか料理をしてもらえるようである。店主と話をして「カジキフライ定食」を食べることにした。定食の内容はカジキのフライ、カジキ、カツオ、イカの刺身に八重山そばと結構ボリュームのある食事だった。
 食後、もう一度観光協会に行ってみると開いていたので、「最西端証明書」を発行してもらう。ここで泡盛の酒造所「どなん」を紹介してもらって、観光に行ってみる。ちょうど休憩時間だったみたいだが、丁寧に行程を説明してくれた。この日は麹を作っていなかったので試飲ができなかったのが残念である。
 近くにあったスーパーでさんぴん茶を購入してから車を西に走らせる。途中で久部良ハリといわれる岩の裂け目を見に行くため案内板に従って脇道にはいる。途中に「日本最西端の中学校」という看板を見て笑ってしまった。駐車場に車を止めて観光に向かう。
 はじめは逆の方向に歩いていったため、「日本最後の夕日の見える丘」という記念碑が建ったところに行ってしまった。ここから西崎の岬と久部良漁港が一望できる。しかし「日本最後の夕日は西崎だろう」と言いたくなる。ここからの眺めを楽しんだ後、反対側にある久部良バリへと向かう。
 久部良バリは長さ15m、深さ6m、幅3m位の岩の裂け目。昔、島の課金を押さえるため、人数を制限するという事になった。このため妊婦にこの割れ目を飛び越えさせ、成功者だけに生存を許したという悲惨な歴史がある。
 宿に戻ってから風呂に入ってさっぱり。その後夕食まで少し仮眠をとることにした。さすがに暑いのでクーラーを入れていたが・・・。6時半から食事の時間だったので食堂へと向かう。生ビールを頼んで食事をとる。メニューはカジキの刺身、ゴーヤチャンプル、豚カツである。食事を済ませてからそうそうに西崎に向かう。
 展望台に行くが、まだ日が高く、夕日まで時間がある。夕日の時間が近づいてくると徐々に人が増えてきた。といっても10人くらいだったが・・・。展望台にいた女性と話をしていたらスキューバをやっている人みたいで、海底に沈む遺跡は潮の流れが速いため運が良くないと潜れないと言っていた。結局夕日の時間には太陽は雲に隠れてしまったため、日の入りの時間に写真を撮って戻ることにした。
 宿に戻って部屋でくつろぐ。家に電話をしてから9時半頃にそうそうに寝ることにした。
 01 いつもくつろいでいた縁側で他の泊まり客と
 02 星空荘の前で
 03 与那国空港到着
 04 日本最西端の碑の前で
 05 島を闊歩している牛の群 おかげで道路は牛の踏んだらけ
 06 東崎展望台
 07 泡盛「どなん」の酒造所
 08 西崎からみる日本最後の夕日