| 1999/03 オーストラリアへ その7 この旅行初めての大きな町 |
| 03月20日(7日目) バイク移動距離 400km MARREE→ COOBER PEDY |
朝6時半に起床したが、旅行になれてきたせいか完全に熟睡していたようである。太陽が昇る方向は一本の地平線があるだけ。みんな写真を撮ろうとカメラを構えているがなかなか日が昇ってこない。Tさんが食事ができたと言ってきたが、とりあえず日が昇るまでみんなそこで待っていた。そしてやっと日が昇り始め、写真を撮ることができた。そしていつもと同じメニューの朝食をとる。相変わらず朝はハエがいっぱいいるが、さすがにある程度慣れてきた。食事の後はいつも通り後片づけ。昨日干しておいた洗濯物を取り込み、出発の準備を整える。昨日壊してしまったクラッチやミラーはちゃんと修理が終わっていた。 この町に置いてあった大陸横断鉄道を走っていた列車を見に行くが、屋外に展示してあるせいか錆まくっていた。部品などは当時のままみたいで全然取り外したりしていないようだった。空を見上げると雲がうっすらとかかっているため、あまり暑くもないが、風がかなり強い。しかし逆にバイクが巻き上げる土煙がすぐとばされるため、間隔をあまりあけなくても走ることができた。80kmくらい走ったところで「LAKE EYES SOUTH」という塩湖のそばにやってくる。 残念ながら泥にはまって動けなくなると言うことで、バイクであまり近くまでは行くことができないらしい。途中から自分を含めて5人でバイクで行くことになった。泥が深くなる手前までバイクで行き、そこから歩いて塩湖へと向かった。 後ろからAさんも付いてきていたが、途中で引き返したみたいで結局自分一人で歩いていった。しかし歩いても歩いても塩湖までたどり着かないし、途中から泥が深くなって歩きにくくなる。やっと地面が塩になっているところに到着。ここまで500m位あっただろうか?厚さ1、2cm位でえんえんと塩の層が続いている。塩湖の中心あたりはもっと層が厚いのかもしれないが、さすがにそこまでは行く気が起きない。みんなはもう車のところまで戻っていた。薄情だなあ・・・(^^;; 戻って休憩しているとPさんとAさんがバイクでジャンプに挑戦。うーむ、自分には出来ない・・・。そこから少し行ってエアーズロックまで延びていた鉄道の駅跡に到着する。もう半分以上崩れていてぼろぼろだった。言われてみてみると確かに道路に沿って盛り土がしてあり、線路の跡が続いていた。ただレール部分は撤去されており、枕木だけが残っていた。なにやら地下室みたいなものがあったが、なんか出てきそうで怖い・・・。 さらに進み、「BUBBLER SPRINGS」という泉が湧いているところに寄る。こんな砂漠の真ん中にも泉がわいているんだ・・・。小さな川があり、その上流に地面から湧く泉があった。川には小さな魚の姿も見える。この泉、正確には温泉だろう。少し暖かく、しょっぱい水であった。日本であればここで入って行くところだろうが・・・。 この後、途中でエアーズロックのキャンプ場で行うキャンプファイヤー用の薪として、近くの線路跡の枕木を持っていくことになった。適当に3つばかり選びトラックに乗せる。毎年持っていっているのだろうか? 眼下に塩湖が広がる眺めがよい高台で休憩。ただ高台のためさらに風が強い。Nさんのカメラで全員の集合写真を撮った。(この写真が唯一の全員の写真となった)その後やっと今日の昼食の場所である「WILLIAM
CREEK」に到着する。はじめはここでセスナに乗って塩湖の上空を遊覧する予定であったが、風が強くセスナが飛べなかったため、中止となった。パブがあるが、ここの飯はまずいと言うことで今日の昼食はカップラーメン。パブの裏に行き、昼食の準備に取りかかる。とは言ってもお湯をわかすだけであるが・・・。お湯が沸くまで時間があったのでみんなでパブへ行ってみることにする。 オレンジジュースを購入して、しばしくつろぐ。中には前のパブと同じように帽子などが掛かっていたが、その中にパンティーなども飾っていたのには笑えたが・・・。壁にはいろんな人の名刺やシール、写真が貼ってあり、日本人のものも貼ってあった。とりあえず自分の名刺とライラックのシールを貼ってきた。(もし行った人がいたら見てみてね)みんなのところに戻ってカップラーメンを食べるが、あまりおいしい物ではなかった。こっちの人にとってはおいしいのだろうか?食後、またみんなでパブに行き、しばらくくつろいでから出発した。 途中休憩したところでPさんが、今走っている道に並行してある昔の道を走ると言い出した。結構あれた道路なので自信がないのであればこのままこの道を走っていくように言っていた。悩んだあげく、自分だけふつうの道を走っていくが、途中その道と交わったところで自分もそっちの道に行く。道にはいっぱい草とかが生えているが、思ったほど大変な道ではない。途中で道を間違えたりして前に完全に置いて行かれたため、タイヤの後を見ながら走ることになった。10〜20kmくらいこの道を走った後、元の道に戻る。 町に入る前に「DOG FENCE」と言われるもののところで休憩する。これは野犬などから放牧の羊を守るためにできたもので、町を囲むように総延長9600kmもあるらしい。ここでかなり長い休憩をとって町へと向かう。そこから100kmくらい走って「COOBER PEDY」と言う町に到着する。旅に出てやっと町という感じのところである。オパールの鉱山があるらしく町の周りは岩山だらけ、採掘道具だらけである。町中のガソリンスタンドに行き、給油を済ませる。今日の宿はテントではなく、バックパッカーズといわれるところなのでゆっくりくつろげるだろう。久々に人の往来を見る感じがする・・・。この建物、昔の坑道跡を利用したものらしく、中は洞窟になっていた。建物のほとんどが地下にあるため、部屋の中はかなり涼しかった。 まずは部屋に行ってジャケットとモトパンを脱ぎ、やっと落ち着くことができた。ふつうの服に着替えてまずは風呂に行くことにした。風呂を待っている間、日本からワーホリ(Work Holiday)できていると言う人と話をしていた。何とかさっぱりしたところで部屋に戻り、荷物の整理をした。 Tさんが7時まで自由にしていていいよと言っていたのでみんなで買い物をしに町へ繰り出す。まずはスーパーに行って売っている物を物色する。ここでオーストラリアで有名なチョコレートがあると言うことで探すがここには置いていないようだった。(後日Yさんからこのチョコレート「Tim Tam」が送られてきたが、変わった後味のするチョコレートだった)ビールでも飲みながら店をまわろうという話になり、次は酒屋にビールを買いに行く。ビールを購入後、飲みながらオパールの店へと行く。中にはいると店のおじさんに「外でアルコールを飲んでいると逮捕されるよ」と言われてびっくり、中で飲んでいくことにした。ここで自分はブーメラン(10ドル)、母親へオパール(115ドル)の土産を購入した。約束の時間がきたのであわてて戻るが、まだ用意に時間がかかると言うことで、また買い物へと行くことにした。この後は近くのベンチに座ってだべって時間をつぶした。 宿に戻ると今度はちゃんと夕食の準備ができていた。今日のメニューはスパゲッティーミートソースである。台所の隣の部屋でテレビを見ながら食事をする事に。久々に見る新聞やテレビを見ながら食事を済ませ、食事の後かたづけをする。この後、宿にビリヤード台が置いてあったのでOさんと勝負・・・、敗北を喫する。(T^T) 後は受付の奧で「クロコダイルダンディー」のビデオを見てから部屋に戻って就寝。 昨日までと違ってふかふかしている上に涼しい。ただ2段ベットの上に寝たが、横に落下防止の柵がないため結構怖いものがあった。夜はぐっすり寝ることができたが、Nさんの話では夜、英語で寝言を言っていたらしい。(^^;;横で寝ていた人が自分の寝言が気になって眠れなくて、自分になんかしていたようだが全く気づかなかった。 |
| 01 地平線からの日の出(わずかに見えるのは自分) 02 塩湖へ向かって走ったのは一人(提供Oさん) 03 ジャンプするAさん 04 唯一の全員集合写真(提供Nさん) 05 パブの中でこのときはやっていたポーズ(提供Tさん) 06 延々と続くドックフェンス |