島を愛す
USJへ


年末に急遽決まったUSJツアー

2003年01月05日〜01月07日

参加者はやっぴー、みほちゃん、自分でした。

全走行距離 157km

01月05日 0km  京都府 京都市
 6時半に起きてから準備をしてJRへ。ユニバーサルスタジオ入口に行ってみるとほとんど人もいなくて並ぶ必要はなさそうである。ここで少し待ってからやっぴーとみほちゃんと合流する。(8時15分)やっぴーはまだ風邪が治っていないようだ。
 開園と同時にダッシュしてアトラクションへ向かう。最初にジュラシック・パーク・ザ・ライドのファストパスをとってから他のアトラクションに行こうと考えていたが、
凍結のためジュラシックパークはまだ動いていないようだ。(T^T) しょうがないのでバック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライドのファストパスをとってからジョーズへ向かう。待っている人たちはほとんどいなかったので、到着早々すぐにボートに乗ることが出来た。
 ガイド役の女性が船を操って遊覧していると、ジョーズに他の船が襲われる。そのあと自分たちの船にも襲いかかってきた。ガイドの女性は銃を撃ったり(もちろん偽物)して海面に火がついたり、倉庫に逃げ込んだりして、最後は映画と同じように高圧電流でジョーズをやっつけるというストーリーだった。だいたい10分くらいで終了となる。やっぴーが言うにはガイドのテンションがちょっと低かったようだ。
 ET・アドベンチャーに行く途中でスヌーピー・プレイランドというところに寄っていく。簡単に言うとボートに乗って滑る水の滑り台だ。係の人にさんざん濡れるからと警告されていたが、全く濡れずに終了する。ちなみに夏に乗った時は結構濡れてしまったらしいので、夏と冬で水量が違うのかも知れない。
 ET・アドベンチャーに行ってみると案内には20分待ちと出ていた。そろそろ混み始めたのかな?一応覚悟はしていたので列に並んで待つことにしたが、それ以上列の長さは長くなることはなく、逆に短くなってきていた。列の途中にテレビがセットされて、映画のETのシーンや、スピルバーグのインタビューが放送されていたが、あまり内容は面白くない。せっかく放映しているのならもう少しこった感じに作成すればいいのに・・・。(^ ^;;
 やっと順番がやってきて建物の中へ。入口で名前の登録と登録した入場券を受け取る。特にこった名前にしてもしょうがないので素直に本名を登録した。途中の通路はETの本星の森をイメージした雰囲気になっていた。映画と同じように自転車型の乗り物に乗って出発。地球からETの本星へと向かい、最後にETから登録した名前で呼びかけられるというものだった。
 続いてターミネーター2へ。ここはターミネーターを開発したサイバーダイン社を訪問するという設定で、最初に会社の案内役である
綾小路麗華という高飛車な女性が会社の紹介を行う。この語りがなかなか面白かった。「はい、そこの方、どこから来られたんですか?え?大阪?なんだ、そんな近くなら聞かなければ良かった。おほほほほほ・・・」とか「千葉?また都会か田舎かよく分からないところからようこそ。」とか聞いていてなかなか楽しい。その途中でサラたちが登場して映画の内容に沿った説明が入った。ジョン・コナーは2の時は子供だったが、さすがにもう青年といった感じになっていた。
 いったん別の部屋に移動して、シートに座る。ここでも綾小路麗華の毒舌が披露されていた。「はいそこ、ちゃんと詰めて座って下さいね。詰めて座って下さいね。
詰めろっていってるだろ!(-_-X はーい、それでいいんですよ。しばらく説明があった後、サラたちが再び登場し、映画の中は本物の俳優が、実際には似た格好をした人たちが上手く入れ替わりながら演じていく。サラ、コナーは違和感なかったが、ターミネーターは顔が違いすぎてちょっと違和感があった。
 バックドラフトの前を通ると「ただいま待ち時間は無く入ることが出来ます」と言われて寄っていくことにした。ここは火事の現場を再現したセットになっていて、実際に本物の火が使われている。なかなか迫力はあるが、一度見ればいいだろうといった感じだった。外がかなり寒かったので暖かいのは嬉しかった。(^ ^;;
 バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライドに行くと、通常の列も待ち時間はほとんど無いのでファストパスのお陰で若干早く乗ることが出来たくらいである。8人乗りのタイムマシン・デロリアンに乗って時間を超えてビフを追いかけるという設定だが、なんかよく分からないストーリー。アトラクションは画面に合わせて乗り物が動くというよくあるもので、やっぴーは少し気分が悪くなったようだ。とりあえず乗ったという感じでここを後にする。
 他のファストパスをとろうと思ったが、ほとんど乗ってしまっているのでとるものもないし、そんなに列もないので必要ないだろう。人が少なかったせいか、結局昼過ぎからはファストパスの発券も中止になっていたし・・・。(^ ^;;
 ウォーターワールドに行ってみると(11時半)ちょうどイベントが始まるところだった。すでに前座が始まっていて、もう少し早めにきて前座から見ていれば良かったかな?といった感じである。前の方の青い席は水がかかるところ、それ以外の茶色の席はあまりかからないところと区別されている。カッパもあったので前の方の青い席に座ることにした。
 こんなストーリーの映画を見たような気もするが、はっきりと思い出せない。イベントが進んでいくとみんな水の中の落ちたりして見ているこっちが寒くなってしまう。水がかかるのは覚悟していたが、自分たちの座った場所は思ったほど水はかからなかった。最後の方で飛行機が突っ込んで来るという有名なシーンを期待していたんだが、何故か墜落してしまったと説明が入るだけで中には飛び込んでこなかった。(?_?) いったんどうしたんだろうか?最後にスタッフの挨拶があって終了となった。
 外に出るとジュラシックパークが運転を開始していたのでさっそく並ぶことにした。さすがにみんな考えていることは同じようで一気に列が出来てしまったが、それでも10分くらいで乗ることが出来た。最初のうちは恐竜を見ながら静かに進んでいたが、途中でトラブルが発生したという設定でコースを外れる。途中でかなり急な傾斜で建物の中を登っていき、最後に一気に急落下。
思った以上に傾斜があってかなりビビってしまった。(@_@) 写真撮影があったが、撮影された顔はかなり引きつっていた。
 さすがにお腹も減ってきていたのでドラゴンズ・パークで昼食をとる。(12時半)チャーハンセットと春巻き、ゴマ団子を購入し、30分くらいくつろいでから外に出る。
 ひととおりのアトラクションに乗ったので先ほど撮っていなかった人形との写真撮影へ向かう。まずはETの所に行くと、なぜかスタッフが待機している。買わなくてもいいが、まずはスタッフのカメラ(ポラロイド)で写真を撮ってから自分たちのカメラで撮影してくれるらしい。ETを自転車のかごに乗せた像のところで写真を撮ってもらってからもう一つの人形のところで写真を撮って貰う。できあがった写真は専用ケースに入れてくれるとは言え1200円もしたが、なかなかいいできだったので購入してしまった。
 このあと園内の建物を見て回ると、建物に映画の題名の書かれたプレートがはめられていた。そうやら映画のセットを真似て造っているようで、映画通には結構楽しいところかも知れない。自分たちはあまり分からなかったが・・・。(^ ^;;
 園内をうろついているとちょうどザ・ワイルド・ワイルド・ウエスタン・スタントショーとアニマル・アクターズ・ステージが連続で上演していたので寄っていく。やっぴーが言うには内容は前と全く一緒だったらしい。
 ジョーズに行ってみると全く列はなかったので、「もう少しテンションの高いガイドの人だったらいいねえ」という話になってもう一度乗り込む。席は一番前に座ることが出来たが(さっきは一番後ろ)、案内役は男性の人でさっきよりもテンションが低かった。残念!風が出てきたせいか、前よりも展開が早く、火が燃え上がるというイベントも無かった。
 このあとジュラシックパークに2回乗ったが、何回乗っても顔が引きつってしまう・・・。(^_^;; 最後の写真にはみんな顔が写っていたので(前の2枚はみほちゃんが下を向いている)最後の写真のみ購入する。
 16時にウォーターワールドに行って前座からもう一度鑑賞。水の掛け合いをやっていて結構寒そう。先ほどよりさらに観客は少なくなっていたが、お客のノリはさっきより良い。今回も飛行機の出現はなかった。
 17時からもう一度ターミネーター2に入って綾小路麗華の語りを聞いたが、声は一緒のように聞こえるが顔がどうもさっきの人と違うようだ。前の方にいたが、指名は受けなかったのが残念である。指名を受けるには真ん中当たりにいないとダメなようだ。ここでもう外に出ても良かったんだが、さすがに出ることは出来ないのでもう一度映画を見ることになる。
 メインゲート付近のお店で土産を見ているとマリリンモンローのそっくりさんが居たので一緒に写真を撮って貰った。他にもそっくりさんとかがいたかもしれないが、この辺りにはこの人しかいなかった。このあと暗くなってきた園内を歩いてから18時半に外に出る。
 さすがにお腹も減ってきていたので駅の近くのモスバーガーへ。ここで30分くらいくつろいでから駅へ。大阪駅で二人と別れて京都駅へ戻った。
 この日は前にも泊まったことのあるホワイトホテルへ。ツーレポを書いてから22時半に就寝。さすがに歩き回って疲れていたのかすぐに眠りに落ちた。
 01 USJの入り口にある地球儀の前で
 02 ダッシュでアトラクションへ向かうみほちゃん
 03 ETとの記念撮影
 04 中で売っている恐竜パイ
 05 ウォーターワールドの最後の挨拶
 06 マリリンモンローと
01月06日 120km  京都府 京都市→大阪府 南港
 6時半に起きてから出発準備を整える。今日はバイクで移動なのでしっかりと着込んでいかないといけない。天気はどうだろうかと窓から外の様子を見てみると・・・・屋根が白い!(@_@) どうやら夜の間に雪が降ってしまったようである。うーむ、しゃれにならない・・・。まあ、道路はそんなに積もっていないようなので走るには問題ないような感じではある。というか、そう信じたいものだ。(^_^;;
 7時半にチェックアウトしてバイクの所へ。パッキング完了後、観光場所の確認をして8時に出発。
 まずは本能寺に行こうと思って河原町通を北上。市役所の交差点で曲がろうとすると
バイクが道路の真ん中で止まっている。何でこんな所にとまっているんや!(-_-X と思ったらどうも転倒したようで、バイクの部品が少し飛び散っていた。よく見てみると日陰になっているせいか、この辺りの道路は凍結しているようだ。ゆっくり走れば大丈夫とは思ったが、何かあったら悲しいのでUターン。どうしようかと考えながら路面の乾いている道路を適当に走っていた。
 途中のコンビニでいったん休憩してこの後のルートを検討する。(8時45分)さすがに寒くてしゃれにならない・・・。ここから位置的に近くにある大徳寺に決定してそっちにバイクを走らせる。
 北大路通りに入って大徳寺方面へ向かい寺の東側の参道を通って駐車場に到着する。駐車場はかなり広いが、止まっている車はほとんど無い。受付でバイクをどこに止めればいいのか聞いてみるとバイクは総門の内側にあるスペースに止めてくれと言うことだったので(無料)雪の降り積もった道路脇に止めて見学へ向かう。
 まずは雪の積もった参道を歩いて国宝や需要文化財に指定されている建物(三門・仏殿・法堂・経蔵・方丈)を見ていく。残念ながら建物の周りには柵があって中の方には入れなくなっている。境内を抜けて反対側の白い塀に沿って歩いていると高桐院(こうとういん)という拝観できる塔頭にやってきた。せっかくなので中を見学していくことにした。
 門をくぐると長い遊歩道が続き、やっと少し歩いて建物に到着。入り口で入場料(400円)を払ってから建物の中にはいる。建物の中には小さな茶室があり、庭には細川氏代々の墓があった。この灯篭が有名らしいが、どこが天下一なのか理解に苦しむところだ。庭の中は歩けるようになっていて、スリッパが用意されている。一通り中を見て回ってからここを後にする。

高桐院
慶長6年(1601年)、江戸初期の武将で茶人としても「利休七哲」の一人とうたわれた細川忠興(三斎)が、父の藤考(幽斎)の弟・玉甫紹j(ぎょくほしょうそう)を開祖として建立した塔頭で、細川氏の菩提所でもある。
千利休の邸宅を移築したと伝えられる書院の「意北軒」がある。この書院に続く茶室「松向軒」は、寛永5年(1628年)に細川三斎が建てたもので天井や壁にも趣向が凝らされていて有名である。
境内の西にある庭は細川家代々の墓所となっており、そこに建っている石灯篭が、三斎とガラシャ夫人(明智光秀の娘)の墓塔となっている。この灯篭はもともと利休秘蔵の天下一の称ある灯篭だったが、豊臣秀吉と三斎公のふたりから請われて、利休はわざと裏面三分の一を欠いて疵物と称して秀吉の請を退けた。のちに利休割腹の際、あらためて三斎公に遺贈されたもので、墓塔銘を「無双」といい別名「欠灯篭」という。更に蕨手・灯口・横が欠けているのは、後日完全を忌む公自身が欠いたという記録が残っている。

 いったん北大路通りに出てから南門まで歩いてもう一度境内へ。この先にある竜源院(りゅうげんいん)によっていくことにした。(400円)庭園は雪に覆われているので通常と異なった趣である。内部を一通り見て回ってここを後にする。思ったよりはみるところがなかった感じだった。このあとバイクのところに戻って出発する。(10時)気温も上がってきたせいか、積もっていた雪もほとんど溶け始めていた。

龍源院
大徳寺南派の本庵で、文亀2年(1502年)大燈国師八世の法孫である東渓宗牧を開祖として能登の領主であった畠山義元、九州の都総督であった大内義長らが創建したものである。方丈、唐門、表門はいずれも創建当時のもので、大徳寺山内最古の建物である。
方丈は室町時代の禅宗方丈建築として、その遺構を完全にとどめるただ一つのものである。方丈を中心として南に山茶花「楊貴妃」という老木のあった(1980年に枯れ去った)一枝坦、北に枯山水の竜吟庭、東に東滴壺というそれぞれ異なった庭園が配置されている。また、庫裡の書院南軒先にある基礎石は聚楽第のものと伝えられている。
公開宝物として釈迦如来座像、方丈襖絵、日本最古といわれる種子島銃、秀吉と家康が対局したといわれる四方蒔絵の基盤および碁筒が展示されている。

 このあと本能寺に行こうと思ってさきほどと同じように市役所の方へ。道路に面した建物のすぐ裏手にあるはずなので、すぐに曲がろうかと思ったが、アーケードになっていたのでその先の道路から曲がって少し南下。しかし結局アーケードに入ってしまい、見つからないまま大通りに戻ってしまう。もう一度同じ道を通って先ほどより少し南からアーケードに入ってみるが結局見つからなかった。3回も行く気は起きず、今回はあきらめて別のところに行くことにした。(^_^;;
 このあと建仁寺に行ってみたが、正月だったせいか、建物内部の公開は行われていなかったので三門や仏殿などを外から眺めただけでここを後にした。続いて少し南下して三十三間堂へ。ここは前にも来たことがあるが、そのときは人が多かったこともありゆっくり見学できなかったので再度やってきたのである。今回は1001体の観音像と二十八部衆の像をゆっくりとみていく。修理か展示に貸し出していたのか何体かはなくなっていた。一通り内部を見学してから建物の周りを回ってバイクのところに戻る。
 バイクのところに戻ってこの後観光に行くところを検討し、千本釈迦堂に行くことにする。河原町通を北上して出川通りに入り、千本釈迦堂の近くをうろついてみるがどうも入口が見つからない。近くの道はかなり細い道でしかも一方通行が多くて何かよく分からない。何回か同じ道を通って走っていたが、結局場所が分からなくて諦め、近くにある北野天満宮へ向かった。(12時半)
 参道には出店が出ていたが、さすがに7日になるとだいぶん閉まってきている。参道を歩いて社殿を見学してから引き返す。「参道の途中にやたら牛の像があるなあ・・・」と思っていたら、頭を撫でると頭が良くなるという願掛けのためらしい。
そんなことで頭が良くなったら世話ないんだけどなあ・・・。老夫婦に社殿の入口で写真を撮って貰った時に「ここに来たなら牛の頭を撫でていかないと」と勧められてしまったので、せっかくだから底でも写真を撮って貰った。バイクの所に戻ってからこの後のルートを検討していたが、せっかくなのでここから歩いて千本釈迦堂に行ってみることにした。
 町中を抜けていく途中にせんべい屋があったので、お腹もすいたことだし何か買っていくことにした。そばぼうろと京せんべいを購入して、食べながら歩いていく。さっきバイクで通った道を進んでいくと、その途中で寺の入口を発見する。思ったよりも入口が小さかったので気が付かなかったようである。
 塀に挟まれた参道を歩いて境内にはいると正面に本堂、右手におかめ像が目に入る。ここの案内を読んでやっと車でここに来る方法が判明する。せっかくここまで来たので本堂や霊宝殿を見学。(500円)本堂の釈迦如来はさすがに見ることが出来ないようだが、まあこれはしょうがないだろう。他の観光客が全く居なかったせいもあるが、落ち着いた雰囲気でなかなか良かった。
 おかめ像の由来を読んでみるが、なぜ自殺する必要があったのか理解に苦しむところだ。
逆に秘密を守るために夫に殺された(話的には逆にひどい話になるが・・・)という方がしっくり来るように思う。(^_^;;
 来た道を引き返してバイクの所に戻って出発。(13時半)いったん西大路通に出てから案内板に従って妙心寺方面へ。前に止めた駐車場に行ってみるともろに「妙心寺駐車場」と書かれていた。バイクを止めると係員がやってきて、バイクは壁の方に止めてくれと言われる。
「こんだけがらがらなんだからどこでもいいやんか。」と思いながらも素直にその指示に従ってバイクを移動させる。
 境内にあるってものを見学していくが、このとき法堂や浴室はすべて拝観中止になっていたため外から見るだけとなってしまった。これだけだと悲しいので常時公開されている4院の中から退蔵院を見学していくことにした。一番近いところにあったからという話もある・・・。退蔵院の境内は思ったよりも広く、方丈の周りにある枯山水の庭の他に昭和になって作られた余香苑という広大な庭園を有している。一通り庭園を見て回ってからここを後にしてバイクの所に戻って出発。(14時45分)

妙心寺
臨済宗妙心寺派の本山で、康永元年(1342年)、関山慧玄(かんざんえげん)が花園上皇から離宮を賜り、禅刹に改めたことに由来する。足利義満に弾圧され、応仁の乱で焼失したが、桃山時代以降、豊臣氏、徳川氏諸大名らの帰依を受けて復興した。
広大な境内には敷石の参道が延び、勅使門三門、仏殿、法堂、方丈が一直線に並ぶ禅宗の七堂伽藍の配置を示している。また、法堂の鏡天井に描かれた "八方にらみの竜"(狩野探幽作)、日本最古の梵鐘、明智光秀供養の"明智風呂"と呼ばれる浴室などがある。
境内には47の塔頭があり、退蔵院(狩野元信の枯山水庭園)、桂春院(清浄、思惟、真如、侘の庭)、大心院(阿吽の庭)、東林院(沙羅双樹)の4院は常時公開されている。

退蔵院
越前の豪族・波多野重通が、妙心寺三世の無因宗因禅師を開山として応永11年(1404年)に創建した妙心寺の塔頭(たっちゅう)である。その後、応仁の乱で妙心寺とともに炎上したが、亀年禅師によって再建された。
現在の方丈は慶長年間(1596〜1615年)の建立で、正面室中中央に桟唐戸を装置せず、仏間背面に長五畳の眠蔵を作っている。西側の鞘の間は江戸中期に庭園観賞用に改造されている。方丈を巡る庭園は室町時代の画家狩野元信の作庭と伝えられる200平方メートルの名園で、回遊式に鑑賞式を加味した石組み本位の枯山水庭園である。
なお、昭和期に作られた余香苑は、回遊式山水庭園で、2600平方メートルの敷地に四季折々の花を見ることが出来る。また、江戸時代の水琴窟が配置されている。

 ここから太秦映画村の近くにある広隆寺へ。途中何度か道を間違えながらなんとか広隆寺までやってきた。駐車場がどこにあるのか分からなかったが、適当に走っていると発見。駐車場は無料となっていたが、中で拝観証明を貰ってこないといけないようだ。(15時)
 境内には太子堂や講堂を見ることが出来るが、その奥は有料になっている。拝観料700円と結構高かったが、せっかくなので入ってみることにした。霊宝殿には写真だけは見たことのある弥勒菩薩半跏思惟像や多くの仏像が展示されていた。よく火災に遭いながらこれだけの仏像を確保していたもんだ。桂宮院本堂は現在改修中らしく、また拝観の時ではなかったため見ることが出来なかった。一通り境内を散策してから出発する。(15時半)そろそろフェリーの時間が近付いてきていたので南港へ向かうことにした。
 国道9号線に出てから西大路通りを抜けて国道1号線へ。ここからは何度も走った道なので迷うこともないだろう。途中少し渋滞もあったが、すり抜けをしながら先へ進む。国道479号線を通って県道5号線に抜ける。18時15分にフェリー乗り場に到着した。(120km)
 今回は人が多いかも知れないということで始めて二等寝台にした。乗船手続きを済ませてから乗船口に行くと思ったよりも車が止まっている。やはり平日とはいえ、2便は多いようだ。自分の他にバイクが2台いたが、特に話はしなかった。
 18時45分に乗船。始めて乗るフェリーなので勝手が分からない。聞いていた通りロビーはかなり広く作られていた。早速荷物を運び込んでから服を着替えてお風呂へ。今の一便の更衣室はかなり狭くなっているが、このフェリーは前のフェリーよりも広く作られていて十分な広さだった。やっと体も温まったところでレストランへ。
 なんかスタッフが少ない上、手際が悪くてなかなか進まない。お客の方もあまり慣れていない人が多くてよけいに手間取っていた。いつものように日替わりと焼き魚をおかずに腹一杯食べてお腹を満足させる。このあとしばらくフェリーの中をうろついてからベッドに戻る。買った漫画を読んでから21時半頃に就寝。近くにグループが入っていたようで、なぜかベッドのところで宴会を始めてうるさかったが、耳栓をしていたので大丈夫だった。ロビーが広いんだからあっちに行けよな。
 07 雪に覆われた龍源寺の境内を眺める
01月07日 37km  大阪府 南港→自宅
 7時頃に起きて出発準備をするが、7時半には全て準備が終了してしまった。あと30分は寝ていれば良かったかも知れない。(^_^;; 15分くらい前にロビーに行って着岸を待つ。
 予定通り8時に車両甲板は解放されたので、バイクの所に行ってそうそうにパッキングを済ませる。思った以上に車の数が少ないのですぐに下船となると思って慌ててパッキングしたが、前のライダーが遠慮しているのか、分かっていないの、係員が合図するまで動こうとしなくてちょっと腹立つ。せっかく急いでパッキングしたんだから早く動いてくれ!
 下船後は一気に走って大里インターへ。凍結しているのがちょっと怖かったが、大丈夫のようだ。ただし都市高速は塩で真っ白になっていたが・・・。引野インターで高速を降りてから下道を一気に走って8時45分に到着する。(37km)