千 葉 県

史跡・建築物

東京湾観音 七福神 清澄寺

東京湾観音(とうきょうわんかんのん)
内容=★★☆☆☆ お得度=★★☆☆☆

東京観音像
宇佐美政衛が私財1億2千万円を投じて昭和36年(1961年)9月に世界の世界の平和を祈念して開眼した高さ56mの観音像。東京湾を一望できる南房総国定公園の大坪山に建立され、胎内を階段で宝冠まで登る事ができる。
胎内は20階、314段の螺旋階段となっており、各階には七福神や十二支守り本尊(弥勒菩薩や阿弥陀如来など)など23体が祀られている。また腕、肩、頭部に当たる部分は展望台になっており、ここからの展望を楽しめるようになっている。東京湾や三浦半島、晴れていれば富士山まで望む事ができる。
拝観時間=8:30〜16:30、拝観料=500円(HPに3割引チケットがあり、その他各種割引サービスがある)。

最近になって建てられたものなのでもちろん歴史的な価値は無い。自分的には展望台という印象である。階段は螺旋状に上っていくようになっているが、最初は急な階段ではないのでそんなに大変ではないが、上の方になるとかなり危ないはしごや急な螺旋階段になる。展望台からの眺めはなかなかいい感じ。
七福神や仏像などが数多く祀られているんだが、なんか統一性がない感じ。いったい何を信仰しているのだろう?と言う印象を受ける。

訪問時のツーレポ
 ● 2005年06月 房総半島を暴走!!
七福神(しちふくじん)
内容=★☆☆☆☆ お得度=★★★★★

野ざらしの七福神
安房出身の石工・武田石翁によって安永8年(1779年)に作成された作品。神体の高さは大黒天=70cm、恵比寿=59cm、毘沙門天=60cm、福禄寿=65cm、寿老人=66.5cm、布袋=72cmとなっている。七福神は野島崎の厳島神社に安置されているが、弁財天のみ社殿に祀られ(不開帳)、男神6体は野ざらしになっている。

これを目的に訪れる人はほとんどいないだろうというのが正直な感想。野島崎灯台に行く途中の通路にあるようから見ていくような感覚だ。
厳島神社は無人でひっそりとしており、その参道脇にこれまたひっそりと七福神が並んで建っている。最初見た時はなんで6人しかいないんだろうと思ってしまうが、横の説明書きを呼んで納得。しかしなぜ弁財天のみ社殿に祀られているのか、なぜ他の6体は野ざらしなのかなどの説明がないのでちょっと気になってしまう。

訪問時のツーレポ
 ● 2005年06月 房総半島を暴走!!
清澄寺(せいちょうじ)
内容=★★★☆☆ お得度=★★★★★

千年スギから見る境内
天福元年(1233年)に日蓮聖人の修行した寺で、昭和24年(1949年)に日蓮宗に改宗し、現在は宗門直轄の大本山となっている。杉林に囲まれた境内に房総の信仰を集めた虚空蔵菩薩を安置する天和2年(1682年)に建てられた大堂や日蓮聖人像(徳川家康側室お万の方の奉納と伝わる)を安置する祖師堂、庫裡、観音堂などが点在している。客殿玄関にある「鎮火牛(火伏せの牛)」の彫刻は左甚五郎が、1640年頃に彫ったと伝えられている。また境内中央には樹齢千年以上といわれる神代大杉(天然記念物)が立っている。
千光山清澄寺はおよそ1200年の昔、不思議法師と名づけられた僧侶がこの山の頂から光が発するのを見て山に分け入り、小さな虚空蔵菩薩の仏像を彫り、その仏像の前で21日間修行したことに始まる。その後、慈覚大師円仁師がこの地を訪れ、その仏像の前で21日間の修行をして以来、天台宗へと改宗され、鎌倉時代には最も隆盛を誇った。しかし室町時代にはたび重なる火災と戦により衰退した。
江戸時代の初め、真言宗智山派の僧侶頼勢法印が徳川家康からこの山を賜り、真言宗に改宗。しかし明治時代にはいると廃仏棄釈により再び衰退してしまった。そして大正時代に入り、日蓮聖人の銅像が完成してから立教開宗の地としての由緒からお参りの信者が増えたため、真言宗智山派と日蓮宗との間で改宗の話し合いが持たれ、昭和24年(1949年)に日蓮宗に改宗した。

山の中にある為、ひっそりとして雰囲気はなかなかいい。現在道路が拡張されている事から考えると結構観光客も来ると思われる為、できれば人が少ない時に行った方が雰囲気が出ていいだろう。
なんか寺の歴史を見るとせっそうのない寺だなあと言う印象を受ける。現在の日蓮宗になるまで何回改宗したんだと突っ込みたくなってしまう。大きな寺でここまで改宗している所は少ないんではないだろうか?

訪問時のツーレポ
 ● 2005年06月 房総半島を暴走!!