A SWEET NIGHTMARE

機関誌 Vol.06 26〜28ページ

<Misaco>


新品のキーをひねり、インジケーター類に目をやってセルボタンを押す。9.2:1のハイコンプエンジンが4年ぶりに咆哮を上げた。8枚のシリンダーフィンの間に染みついたほこりがジリジリと焦げ始める。初めて彼女を抱いたときと同じ鼓動がタンク越しに伝わってきた。長い間忘れていたこの感じ、右手はやんわりとスロットルを開ける。
   ・・・パゥッ、パゥッ・・・
独特の"エフ"サウンドが5感をくすぐる。ふつふつと感情が盛り上がってくるのが自分でも解る。CB750F、こいつが俺の4代目の相棒だ!
初めてこいつに会った時、こいつは4年間倉庫の片隅で眠っていたせいかなかなか目覚めてくれなかった。そんなむくれていたFをようやくたたき起こすことに成功するのには1週間の日数が必要だった。外装を全部新品に換え、ブレーキまわりも交換、ハンドルもノーマルのアップハンに戻し、まさに自分好みのFになった。ジェット機のコックピットと称される左右対称のメーターがぼんやりと緑に光る。空冷だけに暖気には気をつかう。玄関先の500Wの作業用の照明に照らされて、タンクからシートにかけてのインテグレートラインが艶めかしくさえも映る。水冷ののっぺりとしたナナハンもどきなんかくそくらえだ。ナナハンはCBの代名詞でありCB=ナナハンである。だから650ベースのNEWCBなんか問題外だ。そう思いながらそっとシリンダーフィンに手をかざす。カムの息遣いが、オイルの躍動が、エキゾーストの鼓動が俺に語り掛けてくる。
   ・・・パゥッ!
もう一度軽くアクセルをあおって低いエキゾーストと共に家を後にする。
〜どこにいこうか・・・〜
学校の研究室でも行ってみようか・・・そう思ってステアを北にとった。裏参道の点滅信号と高架をくぐりR56にでると松山城を右手に見ながら快適なクルージング。城の麓に大学が国立と私立の2校並んである。自分の所属する研究室は案の定誰もいなかった。こんな時間だし、まっ、仕方ないか。
ジェットヘルではわりと冷えるようになった気候である。夜ともなればかなり堪える。壁の時計の音に目をやって時間を確認する。時間の余裕を確認した所で俺はロッカーの白衣の奥からD'sのブーツを引っ張り出した。北海道へ2度連れて行き、限定解除でも愛用した俺の肌の一部であるブーツを履いて6階の研究室を後にした。
学校の駐輪場は夜とはいえ、かなりの台数が止まっている。俺のCBの横には電子科の奴のGPZ900が止まっていた。
「所詮ニンジャなんてオモチャさ・・・」
絶対性能がバイクのすべてではない。女性だって美人がすべてではない?とは言い切れないが、少なくとも彼女を見ていた時はそう思っていた。
駐輪場の砂利を派手なホイルスピンでまきあげながら俺はいつもの夜の道へと繰り出していた。もちろんR33、三坂峠である。

かなり遅い時間帯なのにまあまあの数の車がいる。下の砥部焼の駐車場で何台かやり過ごした後、ゆっくりと重めのクラッチをミートさせる。CB1100Rのクラッチを組んであるため、ノーマルよりやや重いのは仕方がない。ローで7000rpmまで引っ張る。最初のコーナーにややオーバースピードで突っ込む。19インチのフロントはアンダーの傾向があるが、2、3発リアブレーキをかまして寝かし込むと同時にスロットルをくれてやると軽いパワースライドで向きが変わるのだ。もっとパワーをかけてやればコーナリングスピードも上がるだろうが、完全に細いタイヤが負けているので仕方がない。あっという間に先ほどの車に追いついた。
「どきな」
雨のようなパッシングを浴びせ、この道で唯一の追い越し車線でフル加速をくれてやる。ビッグバイカーズのGベストを見せつけて。トンネルを抜けるころには車の光は見えなくなっていた。何もうつらない真っ黒なミラーから視線を前方にうつした。次のコーナーはGSX-Rに乗っていた友人がコケたコーナーだ。引っ張られないように心持ち慎重にクリヤーする。峠の頂上までは約15分。その間一台も抜かれる事なくエンジンは吠え続けた。

頂上に着くと息が真っ白だ。寒い。熱い缶コーヒーを飲みながら一息つく。ここからは松山の夜景が綺麗に見える。アベックの車も何台かいるようだ。もちろんこんなクソ寒い中、バイクは俺の一台だけだ。昔、真理と見たのと同じ夜景が眼下にある。あれから4年、みんな変わってしまった。同じなのは俺だけだ。さて、帰ろうか。時刻は11時を回っている。燃料コックをONにし、メインキーをONにしてセルボタンを押す。再びエンジンが目覚める。ふとタイヤに目をやるとかなり溶けていた。路面温度は低いのだが。帰りはゆっくり帰ろう。そう思ってゆっくり駐車場を出て軽い登り勾配の直線を70kmぐらいで流していた時だった。突然後ろからパッシングが飛んできた・・・なに!?

パッシングの正体は白いプレリュードだった。強引にかぶせるように抜いていく。完全に俺は切れてしまった。ざけんじゃねえよ、そう思って一発シフトダウン、レブカウンターの針が真上に跳ね上がる。と同時にハイビーム。シビエの100Wはさすがに眩しい。ロービームはそうでもないのだが、こちらの意志に気付いた奴はペースを上げた。どうやら女連れのようだ。さらに俺の憎悪に油をそそぐ。俺は奴の真後ろに付く。バックミラーにちょうど光が入る位置だ。それでも奴は減速もしなければ道を譲る気配もない。完全に頭にきた俺は続けてホーンを浴びせた。最近のレプリカと違い、ダブルホーンはノーマルでもかなりの音量があるが、マルコのダブルホーンをくんでいるとはまさか思うまい。カウルの内側だから外観は全くわからない。これでもまだ道をふさぐように走る奴に業を煮やしたおれは最後の強硬手段にでた。こんな奴、軽くぶち抜くのは造作もないが、それでは俺の気がおさまりそうにない。

おれは黄色の線でいったん奴の前に出てペースダウンする。すると思った通り奴はハイビームを浴びせて真後ろに付いた。
「それでいいんだ、それで」
次の左コーナーを抜けると左に大きな駐車帯がある。もちろん計算づくである。スパッと車体を左にふる。もちろん車は対応できる訳がなく、俺の右側をかすめるように抜いていった。と、同時に右にすばやく切り返し、本線に戻る。奴は20mぐらい前に行っている。これだけはやりたくなかったが、仕方がない。俺はカウルポケットからスラッジハンマーを取り出した。マッドマックスに出てきた、大きなハンマーである。次のトンネルを抜けて唯一の追い越し車線に来た時、スロットルは全開になった。あっという間に奴の横に並んだ。もう追うのはあきらめていたと思っていたのか、奴は女と何か話していたようだ。俺は張り出したミラーが擦るぐらい接近し、ハンマーを振り上げた。その瞬間、奴の表情が凍り付いたのがはっきりとわかった。と、同時にプレリュードのタイヤは白煙を上げた。まさにパニックブレーキ。もちろんガラスをたたき割るわけではないが、脅かすには十分すぎる。俺はペースを60kmぐらいに落とした。ざまあみやがれ。ビビッてしまったのか、ペースダウンした俺より更にスピードを落とし、やがてミラーの彼方に光は消えていった。ハンマーをしまい込んでもう一度ミラーに目をやると今度は一つの点がぐんぐんせまってきた。バイクだ。

その点はあっという間に俺に追いついた、と思った瞬間一気に抜き去っていった。黒いVT250FEだ。そう思う間もなく、右コーナーをまるでレールの上を滑るようにハイスピードで駆け抜けていく。
「速い・・・!!」
再度、CBに全開をくれた。こっちもかなりのスピードが出ているのにいっこうに奴は見えない。下りは250も速いからな・・・仕方がないか。追うのはやめよう。砥部の街明かりが見えてきた。短い直線を抜け、スタートの砥部焼館の駐車場に目をやるとさっきのVTが止まっている。迷う事なく俺は駐車場にFを突っ込んだ。

俺が入ってくるのを確認するかのように、VTは駐車場をするりと発進した。モリワキフォーサイトがかなりの音量を発揮している。おんな?いや、かなり小柄な奴だが男のようだ。黒いショウエイのTF201がライトに反射した。どうやら又頂上に行くようだ。素早く俺はアクセルターンをかまし、奴の後ろについた。下りではやられたが、登りでは古いCBとはいえ、VT相手なら敵ではない。しかしかなりの腕のようだ。16インチをヒラヒラと切り返している。ステップからは火花が散っていた。俺もかなりマジに追っかけているのになかなか差が縮まらない。こうなったらパワーにものを言わせて直線でカモるしかない。さっきの直線にさしかかった。素早くシフトダウン、その時だ。VTのフォーサイトから火が吹いたのを見た。えっ?コーナーでシフトダウンする度にフォーサイトから青白い炎がはっきり見える。そして極めつけは立ち上がりの切り返しでフロントアップしてそのままコーナーへ。何者だこいつは?

結局、集中力を欠いた俺はVTの前に出ようという気はおこらず、ランデブーみたいな形で頂上まで走った。頂上でVTはドライブインの駐車場に入った。CBも続く。静かにVTは止まると、アイドリングのままサイドスタンドを出した。俺は横に並んだ。思った通りだ。奴のVTにはターボが装着されていた。足回りもスパーダ用だと思われる物でかためてあった。シフトダウンした時の炎を見た時そんな予感がしていた。グリーンのジャケットにリーバイの633のスリムをはいたVTのライダーがメットを取った時、俺の顔はさっきのプレのドライバーと同じように凍り付いた。
「俺じゃないか・・・」
そこには俺と同じ顔をした男が大胆不敵にもこっちを見て笑っていたのだった。意識が遠ざかっていく・・・

「あなた、あなた・・・」
う、ん?時計に目をやると夜中の3時だった。横では2歳になる娘の未夏があどけない顔で寝ている。
「ああ、ちょっとうなされていたみたいだ」
妻にそう言って又眠りにつく事にした。明日は久しぶりのらいらっくのツーリングだ。