大津まで45分間の出来事

機関誌 Vol.06 22〜23&46ページ

<ひじり>



  〜僕のテールランプに気が付かないはずはない。RX7は減速しない。
       「!」声にならない声が喉を突いた・・・。
       0.何秒後かには僕は宙を舞っているに違いない〜


部屋の片隅のハンガーにグリーンのジャケットがかけてある。僕はハンガーからそれを外し、オーディオのスピーカーの上に置いてあるガードナーレプリカのメットと、プロスタッフRのグローブを手にし、家を出た。今日は久し振りに大津の夜景を見に行く。原則として、僕は夜はバイクに乗らないのだが、まあたまには例外もある。
駐車場でMTX、TLMと並んでいるバイクに歩み寄る。バイクを街灯の下まで出して暖機運転をしながらライトに灯を付けた。

愛車FZ750Sはヒュルヒュルと独特の排気音を発している。美しいバイクだ・・・。紫煙の間からその車体を眺め、改めて僕は感動した。外観では想像もつかないパワーを秘めた流麗なスタイル。アーマーオイルで磨かれたジェネシスのエンジンが街灯を反射する。
もう最近別れた彼女の事も脳裏から消え去っていた。アイドリングが安定してきたのを見計らってからおもむろにシートにまたがる。スタンドを跳ね上げてバイクを発進させた。家から100mも走れば府道22号線に出る。この時間になると交通量も少なく、その中をゆったりとFZは流す。10月、しかも深夜近くともなると風は刺すように冷たい。だが、グリーンのらいらっくのジャケットを着てFZにまたがる、我が姿を想像すると、そんな事も苦にならない。
僕は以前、高速には乗った事がなかったが、訳あって最近はよく使う。南インターから東インターまで行き、R161バイパスを抜け、滋賀里あたりでお茶を飲んで帰ってくるのがいつものコース。今日もそのつもりだった。

府道22号線とR1との交差点で右折し、飛ばす。R1はオービスもネズミもやってなくて安心して走れる。京滋バイパスの入り口のところで信号に引っ掛かった。僕は車の間を縫って最前列に出る。視線の先にのびるイエローライン。車もきれいさっぱりいない。
「久しぶりにフルパワーかな」
僕はメットの中でつぶやいた。両隣には申し合わせたように紺のセルシオと真っ赤なRX-7が並んでいる。たとえ向こうが仕掛けてきてもチューンしてせいぜいゼロヨン12秒台の4輪にこのFZが負けるはずがない。軽く空ぶかししながら信号が青になるのを待った。
青。轟音と共にFZは加速していく。ミラーの中で4輪はみるみる小さくなった。だが、最前列にいたうちの1台が真後ろから猛然と追い上げてきている。たぶんRX-7だ。
「やばい。フクメンかな!」
不安に駆られ、登りに差し掛かったところでブレーキをかけて減速し始めた。僕のテールランプに気が付かないはずがないのに、RX-7は減速しない。酔っているのか。

               「!」

声にならない声が喉をついた。とっさにアクセルを捻って再加速を始めたが、間に合いそうにない。0.何秒後には、僕は宙を舞っているに違いない。ギャッといやな音がして背後に回るイエローバルブの光束が車線を変更した。右からスパッと追い越される。
命拾いした、と安心したのもつかの間、どす黒い怒りが込み上げてきた。
「あいつ、ワザとやったな」
RX-7は加速していく。FZから逃げられると思うなよ。強引に直前に割り込んでやる。そうしておいて指一本で突然テールランプをともしてやる。はっきりとRX-7のパニックブレーキの音がした。
「なめとったらあかんで!!」
ミラーでイエローバルブが後退するのを確認して僕は呟いた。4輪でフルパワーのこのバイクにからんでこようとは10年早い。
だが、RX-7の辞書に反省という文字はないらしい。こっちが90キロは出ているというのに、5メートルと車間をおかずにハイビームを浴びせてくる。眩しさに耐えられず、左に車線を変更する。するとRX-7は待ってましたとばかりに横に並んで幅寄せしてきた。それも幅寄せなどと生易しいものではない。ノーズを左の壁にこすってもかまわないと思っているらしい。その殺気を感じ取った僕は際どい所でフルブレーキングをした。もうこうなるとアタマにきたなんてもんじゃない。LILACの看板を背負ってはいるが、今回の怒りはいつもとは違って抑えられるわけがなかった。

国道横大路の信号でRX-7がひっかかった。僕はするする運転席側のウインドーにバイクを寄せた。
RX-7のガラスはスモークで中が全く見えない。
「こらぁ!出てこい!!」
何度も叫び、何度もガラスをコブシで殴った。だがRX-7は怒ったように空ぶかしするだけでウインドーを下げようとしない。これだけウインドーを叩いたのに顔を見せないところを見ると、かなり小心なドライバーに違いない。腕に自信があるなら降りてくるはずだ。
「相手にしてられんな」
信号が青に変わり。車を何台かやり過ごした後、ゆっくり発進させる。拍子抜けしたのと、いくぶん勝ち誇ったような気分でなんとか怒りもおさまった。
京都南のインターから名神に乗る。RX-7の独特なテールランプはどこかに曲がったか、そのままR1を直進したのかもしれない。前方にはなかった。しばらく適当に流すことにする。
右車線の銀色に光るタンクローリーがすごいスピードで追い抜いていった。そのローリーの合金製のタンクがまっ黄色に染まっていた。ふいをつかれて息が止まる。イエローバルブがタンクを染めているのだった。悪魔のような風貌のRX-7のフロントマスクが見えた瞬間だった。体当たりに近い幅寄せ。
反射的にフルブレーキ。FZのバトラックスが鳴った。リヤがロックし、横滑りを始める。左足を出して、斜めになる車体が倒れ込むのを踏ん張ろうとするが、FZの重量は230kg。最後は立ちゴケするように左に転倒した。路側帯でなかったらどうなっていたことか。まだバイクのエンジンは回っていた。キルスイッチを切り、車体を起こす。あの起こしにくいFZがフェザーのように感じられた。左マフラーと、ハンドル、ウインカーに軽い傷。しばらく空回りした後、エンジンがかかり始めた。

                   「殺してやる」

京都東ICの料金所で真っ赤なRX-7を見つけた。どちらにも曲がらずR161バイパス方面に北上していく。わが心臓は105PSを誇る5バルブジェネシスのエンジンだ。たかが200PSそこそこのエンジンで1.5トンもの車体を引っ張るRX-7に負けるはずがない。僕はまたたく間にRX-7を射程に捕らえた。
車間を保ってまず相手のナンバーを頭にたたき込む。滋賀ナンバーだ。
「これで逃げられへんぞ・・・」
だが、またヘタに近づいたら危険だ。僕はRX-7が信号に引っ掛かるのを待った。R161バイパスの出口、京阪電鉄石坂線の前の信号でやっとRX-7が止まる。今のところ、同じ信号にひっかかっている車はいない。僕は横断歩道にバイクを乗り入れ、車体の横腹を見せRX-7の進路を塞いだ。
バイクから降りて、運転席側のウインドーを殴りつける。やたら空ぶかしするのはさっきと同じ癖だ。この真っ赤なRX-7に間違いない。そうこうするうちに、後ろから別の軽四が来てRX-7の後ろに停車した。これでRX-7は前にも後ろにも逃げられない。しかしいっこうに相手は出てこない。もうガマンの限界だ。僕はついに友人に借りたAXOのオフロードブーツのカカトで車のドアを蹴飛ばし始めた。赤いドアはボコボコになっていき、白い傷跡が分かるくらいになる。いくらなんでもウインドーを下げて文句の一つも言うだろう。そしたら引きずり出して、運転手もこのドアみたいにボコボコにしてやる・・・
と、真っ赤な車体が、不気味に動き出した。
ゆっくり、ゆっくりと・・・・。
                  「なにいっ!?」
                                           つづく
                                            未完

【解説】

どぉもぉ、みなさん元気ですかぁ?ともみちゃんでーす。琵琶湖ではお世話になりましたぁ。みんなは知ってるかどうか、わからないけど私、免許もってるんですよぉ。車は紺のミラ・パルコ。カッコいいし、ゴマちゃんのお守りもあるし、乗り心地も抜群、ぐんぐん。でもねー、自分が運転してて車に酔っちゃうのがちょっと、だめね。あ、これは私がわるいのかなあ。ところで、この作品の解説を頼まれちゃったんだけどぉ、このドアがボコボコになったRX-7って、どっかで見たようなぁ、いや、気のせいかな?でもねぇ、そんなヘンな奴がいたらね、わたしだったらぁ、
「あなた、ポテトチップスの袋みたいになりたいの!」って、一言バーンと言っちゃうわねぇ。それもナシをむきながらね。
それじゃ、大津市内を後ろのハッチを開けたまま走ってる車がいたら私でぇ、一方通行を逆行する車がいたら友達のまゆみちゃんだからぁ、よろしくね。それじゃ、またね。
                                        バイバァイ!